ブラタモリ深大寺そば|深大寺在来種はどこで食べられる?そばごちそう門前も紹介
ブラタモリ深大寺そば|幻の「深大寺在来種」はどこで食べられる?そばごちそう門前も紹介
2026年8月29日放送のブラタモリ「自然界隈で大注目!深大寺が注目される秘密とは」では、東京都調布市の深大寺界隈をタモリさんがブラブラしました。
都心から少し足を延ばすだけで、豊かな緑と湧き水が残る深大寺。
SNSでは「#自然界隈」という言葉で注目され、若い世代からも人気を集めています。
そんな深大寺を語るうえで外せない名物が、江戸時代から愛されてきた「深大寺そば」です。
番組ではさらに、かつて深大寺周辺で栽培されていた貴重な蕎麦の品種「深大寺在来種」も登場。
タモリさんも在来種の蕎麦を味わい、その土地らしい風味に感心していました。
そこで気になるのが、
という点ではないでしょうか。
この記事では、深大寺そばの成り立ちや、深大寺在来種が復活した経緯、在来種復活に長年携わってきた浅田修平さんの蕎麦店「そばごちそう門前」について紹介します。
- 深大寺そばが名物になった理由
- 関東ローム層・黒ボク土・湧き水と蕎麦の関係
- 幻の蕎麦「深大寺在来種」とは?
- 深大寺在来種は普段のお店で食べられる?
- 浅田修平さんの「そばごちそう門前」の場所・営業時間
- 深大寺在来種を味わえる可能性があるイベント
- 深大寺の歴史と水神「深沙大王」
ブラタモリ「自然界隈で大注目!深大寺が注目される秘密とは」8月29日放送
今回のブラタモリの舞台は、東京都調布市にある深大寺。
約1300年もの歴史を持つ古刹でありながら、都心からアクセスしやすく、境内周辺には雑木林や湧き水など武蔵野の自然が今も色濃く残っています。
現在では、その自然豊かな雰囲気が若者の間でも注目され、SNSで「#自然界隈」として話題になっています。
番組では深大寺が約1300年の歴史の中で、何度も人々から注目されてきた理由を探りました。
- 鎌倉時代の巨大な仏像
- 江戸時代に全国的な知名度を得た「深大寺そば」
- 明治時代に見つかった貴重な仏像
- 昭和に100万人もの人が訪れた出来事
そして、その中でも深大寺の地形・地質と深く関係していたのが「深大寺そば」でした。
「深大寺そば」とは?江戸時代から続く名物
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深大寺そばの歴史は江戸時代までさかのぼります。
深大寺周辺はもともと米作りに適さない土地が多かったため、農家が比較的痩せた土地でも育てやすい蕎麦を栽培していました。
収穫した蕎麦粉を深大寺へ献上し、お寺ではその蕎麦粉で蕎麦を打って参拝客などをもてなしたことが、深大寺そばの始まりの一つとされています。
深大寺の総本山である上野・寛永寺の門主公弁法親王も深大寺の蕎麦を気に入り、「献上蕎麦」として高く評価されていたといいます。
さらに有名なのが、徳川第三代将軍徳川家光です。
家光が鷹狩りの際に深大寺へ立ち寄り、蕎麦を食べて褒めたという伝承も残っています。
江戸時代後期には文人の太田蜀山人が深大寺そばを紹介したことでさらに評判が広まり、『江戸名所図会』にも「深大寺蕎麦」が描かれるほどの名物となりました。
なぜ深大寺で蕎麦が名物になった?秘密は地質と湧き水
ブラタモリらしい視点で注目されたのが、深大寺周辺の地形と地質です。
深大寺のすぐ北側には、武蔵野台地を古い多摩川が削って形成したとされる国分寺崖線(ハケ)があります。
深大寺付近は国分寺崖線に谷戸が食い込み今でも湧水が豊かだ。東側の都立農業高校神代農場も深い谷戸「池ノ谷」に位置し、谷頭には水神である青渭神社が。それぞれから流れ出す湧水の川はかつては佐須用水とも呼ばれ、水田を潤した。今では多くの水路は失われた(点線)が、主流には今も清水が流れる。 pic.twitter.com/jUS9rURKxG
— HONDA,So「東京暗渠学改訂版 失われた川を読む・紡ぐ・愉しむ」発売中 (@hondaso) April 29, 2020
この土地の地層が、蕎麦作りに非常に都合のよい環境を生み出しました。
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黒ボク土は蕎麦栽培に適した土壌
江戸深大寺ソバと同様に、# 黒ボク土地帯とソバ名産地の親和性は高い。ソバはリン欠乏に強い上に土中の難溶性リンを分解するとも言われ、耕作不適度でも育つ救荒作物(命を繋ぐ食物)として広がる。#蕎麦 を単なるグルメと勘違いしている人たちも、このことは認識した上で味わって欲しい! #美食地質学 pic.twitter.com/7HyiE84h51
— 巽好幸 (@VolcanoMagma) August 13, 2022
深大寺周辺の台地には、火山灰などが長い年月をかけて堆積した関東ローム層があります。
その上部には植物の有機物などが混ざった黒い黒ボク土が広がっています。
こうした土地は、水田で米を大量に作るには必ずしも適していません。
一方、蕎麦は比較的水はけのよい土地でも育つため、深大寺周辺では蕎麦栽培が盛んになったと考えられています。
深大寺の地層を簡単に表すと

↓
黒ボク土
↓
関東ローム層
↓
砂礫層(地下水を蓄える帯水層)
↓
水を通しにくい地層
雨水は台地へ染み込み、砂礫層に地下水として蓄えられます。
その地下水が国分寺崖線の崖下から湧き出すことで、深大寺周辺には豊富な湧き水が生まれました。
おはようございます☀️#今日の地盤#深大寺城 は調布市を通る国分寺崖線の上に作られたお城です
お城は地形をうまく利用して作られることが多く、岬のようなところに作られます
土質は関東ロームで深度7m付近に砂礫層がありますよ#自分で作る色別標高図 #不動産 #地盤調査https://t.co/WdZLkCYdVQ pic.twitter.com/E6rooMleJg— ぐらもる/地盤の相談はこちら/㈱ジーエーシーサポート/地盤調査屋 (@_gac_support) January 31, 2023
#深大寺自然広場 は #国分寺崖線 に接していて、中央自動車道のすぐそばでも湧水が見られます。
小さいけれど味わいのある泉。
道路工事にも負けずよく残っていたなあとしみじみします。これも、ませぐち川の源頭のひとつです。#調布市 #湧水萌え pic.twitter.com/Q9bXD63vN2
— 10秒湧水 (@10secondsspring) April 21, 2022
湧き水が深大寺そばを支えた
湧き水は蕎麦作りにも重要な存在でした。
蕎麦を茹でたあと、夏でも冷たい湧き水で麺を締めることができます。
さらに水の流れは水車の動力となり、蕎麦の実を粉に挽くためにも利用されました。
つまり深大寺では、
↓
湧き水を利用した水車で蕎麦の実を製粉
↓
豊富な水で蕎麦を打つ
↓
冷たい湧き水で茹でた蕎麦を締める
という、蕎麦作りに適した環境がそろっていたのです。
深大寺そばは単なるご当地グルメではなく、国分寺崖線・地質・湧き水という土地そのものから生まれた名物だったわけです。
幻の蕎麦「深大寺在来種」とは?
ブラタモリでタモリさんが味わったのが、貴重な「深大寺在来種」の蕎麦です。
「在来種」とは、その地域で長い年月にわたって種を採りながら栽培され、土地の環境に適応してきた品種です。
深大寺にも、かつて独自の特徴を持った蕎麦が存在していました。
ところが都市化などによって深大寺周辺の蕎麦畑は次第に減少。
昭和36年(1961年)に神代植物公園が開園する頃には、深大寺周辺で蕎麦を栽培する風景もほとんど姿を消していきました。
そのため、江戸時代から伝わる深大寺の蕎麦は一時、幻の存在となってしまいます。
深大寺在来種を復活させた浅田修平さんたち
その深大寺の蕎麦をもう一度復活させようと取り組んできた一人が、深大寺門前の蕎麦店「そばごちそう門前」の浅田修平さんです。
深大寺住職や地域の人々とともに蕎麦の栽培を再開し、深大寺の蕎麦文化を守る活動を長年続けてきました。
1987年には深大寺周辺で本格的な蕎麦栽培を再開。
その後、「深大寺一味会」などが中心となって種を守り続け、現在の「深大寺在来」へと受け継がれてきました。
そして2019年には、東京に伝わる貴重な農作物として「江戸東京歴史伝承作物」に位置付けられています。
地域の人たちが種を絶やさないよう栽培を続け、江戸時代から続く深大寺の食文化を現代へつないでいる貴重な蕎麦です。
深大寺在来種の蕎麦が食べられるお店は?
ここが最も気になるところですが、結論からいうと、深大寺在来種を使った蕎麦を、年間を通じて通常メニューとして提供しているお店は確認できません。
深大寺在来種は生産量が非常に少なく、一般的な流通用の蕎麦粉とは異なります。
そのため、深大寺の門前に並ぶ蕎麦店で「深大寺そば」を注文しても、必ずしも深大寺在来種が使われているわけではありません。
現在一般に「深大寺そば」と呼ばれているのは、主に深大寺周辺の蕎麦店で提供される蕎麦のことです。
「深大寺そば=深大寺在来種100%の蕎麦」という意味ではありません。
各店では北海道など国内各地の良質な蕎麦粉を選び、それぞれ独自の製法で深大寺そばを提供しています。
浅田修平さんの「そばごちそう門前」はどこ?
深大寺在来種の復活・保存活動に長年携わってきた浅田修平さんの蕎麦店が、深大寺山門近くにある「そばごちそう門前」です。
深大寺在来種そのものを常時食べられる店ではありませんが、深大寺そばの歴史と文化を知るうえではぜひ訪れてみたい一軒です。
そばごちそう門前の店舗情報
門前でおすすめ「手打粗碾(あらびき)そば」
門前で注目したいのが、数量限定の「手打粗碾(あらびき)そば」です。
公式サイトによると、現在提供されている蕎麦には国産そば粉が使用されています。
したがって、通常メニューの粗碾そばを「深大寺在来種を使った蕎麦」と紹介するのは正確ではありません。
しかし、殻を含んだ粗挽きの蕎麦粉を使い、色が濃く、蕎麦本来の香りや風味を強く楽しめる蕎麦は、昔ながらの深大寺そばを想像させる一品です。
深大寺在来種の復活に長年関わってきた店で、深大寺の蕎麦文化を感じながら味わえるという点が「門前」最大の魅力でしょう。
深大寺在来種を食べられるチャンスは「深大寺そばまつり」?
深大寺では例年、新そばの季節となる11月下旬頃に「深大寺そばまつり」が開催されています。
イベントでは深大寺そば店の食べ歩き企画「深大寺そば巡り」や、深大寺境内で行われる「そば守観音供養祭」などが行われます。
過去には、そば守観音へ献上した特別な蕎麦を数量限定で味わえる企画も行われています。
2025年の第44回深大寺そばまつりは、11月22日(土)~11月30日(日)に開催され、そば守観音供養祭は11月29日(土)に行われました。
2026年については、深大寺そば組合・調布市観光協会の正式発表を確認してください。
11月22日から開催される深大寺そばまつりに合わせて、深大寺水車館でそばを挽きます。
日時:11月22日(土)10:00~13:00頃(雨天中止)
※そばの実がなくなり次第終了します。
申込:不要(自由見学)
場所:深大寺水車館
水車の力で石臼を動かし、そばの実を挽く様子をこの機会にぜひご見学ください。 pic.twitter.com/M24M7QVcqP— 調布市郷土博物館【公式】 (@chofu_museum) November 10, 2025
なお、イベントで提供される「特別な蕎麦」が毎年必ず深大寺在来種100%とは限りません。
深大寺在来種を目的に訪れる場合は、「深大寺在来種使用」と公式に明記されているか、開催直前の案内を確認するのが確実です。
タモリさんが「深大寺在来種」を試食
ブラタモリでは、タモリさんも貴重な深大寺在来種を試食しました。
浅田修平さんによると、蕎麦そのものの味や香りを確認するには「そばがき」が分かりやすいそうです。
タモリさんも深大寺在来種ならではの土地を感じるような味わいを楽しみ、蕎麦を試食。
その味に、思わず「これは名物になるはずだ」という趣旨の感想を漏らしました。
江戸時代の人々も、この土地で育った蕎麦を同じように味わっていたのかもしれません。
深大寺はなぜ「水」と関係が深い?名前の由来は深沙大王
深大寺は国分寺崖線から湧く豊富な水に恵まれ、水神である「深沙大王」を祀って創建されました。
手を清めるのも湧水。境内には大小の池もあります。
有名な深大寺そばも栽培に適した土壌と清水が育てた地元グルメで、江戸時代から愛されてきました。そば羊羹が有名なこのお店も裏に湧水地があるとか。 pic.twitter.com/dQQdlWoMHV— 10秒湧水 (@10secondsspring) August 23, 2021
深大寺と水との関係は、蕎麦よりもさらに古い歴史を持っています。
深大寺は天平5年(733年)、満功上人(まんくうしょうにん)によって開創されたと伝えられる古刹です。
東京都内では浅草寺に次ぐ古い歴史を持つ寺院として知られています。
「深大寺」という寺名の由来となったのが、水神「深沙大王(じんじゃだいおう)」です。
深大寺に伝わる縁結びの伝説
深大寺には満功上人の両親にまつわる伝説があります。
父の福満と豪族の娘が恋に落ちたものの、娘の両親から結婚を反対され、娘は池の島へ隔離されてしまいました。
福満が深沙大王へ祈ると霊亀が現れ、福満を娘のいる島まで運んだと伝えられています。
この出来事によって二人の結婚が認められ、その間に生まれたのが満功上人。
満功上人が父の願いを受け、深沙大王を祀るために開いた寺が深大寺とされています。
この伝説から、深大寺は現在でも縁結びのお寺として信仰されています。
深大寺の国宝「白鳳仏」
深大寺には歴史的価値の高い寺宝も残されています。
その代表が、飛鳥時代後期・白鳳期に制作されたと考えられる銅造釈迦如来倚像(深大寺白鳳仏)です。
2017年には国宝に指定されました。
東日本に仏教文化が広がった歴史を知るうえでも、非常に貴重な仏像です。
ブラタモリ深大寺そば・深大寺在来種まとめ
今回のブラタモリでは、東京都調布市の深大寺が長い歴史の中でなぜ何度も注目されてきたのか、その秘密を地形・歴史・食文化から探りました。
中でも深大寺そばは、単なる観光地の名物料理ではありません。
国分寺崖線・関東ローム層・黒ボク土・豊富な湧き水という、この土地ならではの自然条件から生まれた食文化です。
江戸時代には徳川家光や公弁法親王らにも評価され、『江戸名所図会』にも登場する名物となりました。
一度は姿を消しかけた地元の蕎麦も、浅田修平さんをはじめ深大寺や地域の人々の努力によって「深大寺在来」として守り継がれています。
- 深大寺そばは江戸時代から続く名物
- 黒ボク土が蕎麦栽培に適していた
- 国分寺崖線から湧く水が蕎麦作りを支えた
- 深大寺在来種は現在も保存・栽培されている希少な蕎麦
- 一般の蕎麦店で深大寺在来種を常時食べられるわけではない
- 「そばごちそう門前」の浅田修平さんらが在来種復活に尽力
- 門前では国産そば粉を使った「手打粗碾そば」などが楽しめる
- 深大寺そばまつりなどで特別な蕎麦が提供されることがある
タモリさんが味わった「深大寺在来種」は、まさに深大寺の土地と歴史そのものを味わう蕎麦だったのではないでしょうか。