中学校集団登山 長野県 遭難事故は無い?ケンミンショー極
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長野県の中学生は、明治時代から学校行事で3000m近い名峰に登る!?
秘密のケンミンSHOW極では、長野県の中学校の学校行事・超過酷な登山に密着し中学集団登山をディスカバー!?
この投稿では
・中学集団登山とは?
・遭難事故は無い?
・過酷な登山!
・中学集団登山の歴史、その始まり
について紹介します。
— 2022年10月13日放送 —
中学集団登山とは?
遭難事故は無い?
今までに遭難事故は無い様ですが、事故は何度か起こっている様です。
例えば平成17年、長野と岐阜県境の北アルプス乗鞍岳・剣ケ峰(標高3,026m)頂上付近で落石事故により松本市清水中学校二年生の集団で負傷者が出ています。
この様な事故も起きているので、信州大学医学部第1内科では各校の要請に応じ、学校保健師に付き添う形で同行医師を派遣している、との事です。
過酷な登山!
中学集団登山の歴史、その始まり
中学集団登山の歴史、その始まりは・・・
学校登山の始まりは明治時代信州の教師たちの中に当時盛んになり始めた博物学の分野において北アルプスなどの高山に自然科学のフィールドを求めて学術登山を行う人々が現れました。
それと同時に博物学に通じた教師たちが自ら生徒を引率して授業で学校登山の実施したことが始まりと言われています。
山での体験を通じて剛健心を養い困難に耐えて克服する自信を持たせることが目的だったとのことです。
当時は快適な登山装備はなく学生服での登山も多く見られたです。
明治35年長野高等女学校、現在の長野西高等学校が二泊三日で長野市の戸隠山へ登山を実施した中学生の学校登山が国内初と言われています。
当時は動きやすい袴姿で登山したとのことです。
大正時代になると登山愛好者も増え登山学校も全国に広がり登山ブームとなる山小屋も次々建てられ登山道の整備も進みました。
環境が整備されたことにより登山はより快適になり学校登山を実施する上安全面にも大きな役割を果たしたと言われています。
信州で学校と山が120年以上も続いたのは、こうした歴史と先人たちの努力があったからなのです。
因みに富山県でも中学集団学校登山行われているそうです。
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