岡田友梨 しまむら 着痩せの神は元レスリング世界3位&柔道日本3位!インスタグラム&You Tube動画!激レアさんを連れてきた!

11月 8, 2021

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激レアさんを連れてきた。で着痩せファッションブランドKINGLILY代表取締役兼ファッションデザイナー岡田友梨(おかだ・ゆり;旧姓甲斐友梨)さんが登場します。

低価格ファッションブランド店「しまむら」と着痩せファッションでコラボするファッションデザイナーのオカダユリさんは、旧姓・甲斐友梨で、元レスリング選手として世界3位、中学時代は柔道選手として日本3位の成績を残している人です。

そして、激レアさんを連れてきた。では
“柔道日本3位、レスリング世界3位のアスリートだったけど、実はずーっと服に興味があって今では「着痩せの神」と呼ばれている人”として登場します。

またこの日もう一人の激レアさんは、ラッパー/MCのPONEYさんが、36時間ぶっ続けでラップをする世界記録に挑んだら、最後にまさかの結末を迎えた人、として登場します。

この投稿では、
・激レアさんを連れてきた。岡田友梨の放送内容
・小学生から柔道を始める
・高校生でレスリングに転向
・レスリングの名門至学館大学(旧・中京女子大学)へ
・女子アスリートのためのファッションブランドの立ち上げ
・販売員として人気が出る
・インスタグラムで情報発信
・オンラインサロン「着痩せの神殿」
・甲斐友梨としてのレスリング戦績
・激レアさんを連れてきた。見逃し動画
・激レアさんを連れてきた。の人気投稿
をお伝えしますね。

テレビ朝日【放送日:2021年11月8日(月曜日)23:15~】

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岡田友梨(おかだ・ゆり:旧姓・甲斐友梨)さんの放送内容

ファッションブランドKINGLILY株式会社の代表取締役兼ファッションデザイナーで「着痩せの神」と呼ばれている岡田友梨さんは、元レスリング選手で、中学時代は柔道選手として日本3位となり、高校進学とともにレスリングに転向し2009年デンマーク・ヘルニングで開催された世界選手権では女子51キロ級で世界3位となった人です。

また、その後2009年12月22日に開催された全日本選手権の女子51キロ級決勝では、2004年アテネ、2008年北京オリンピック48kg級・銀メダリストの伊調千春選手を2-0で下し全日本選手権で初優勝しています。

岡田友梨さんは高校生の頃からお洒落に興味があり洋服が大好きでした。

しかし、小学校から柔道を始め高校生になるとレスリングと格闘技を続けて体を鍛えてきた結果、くびれたウエストに対し、体がごつすぎ、可愛い服が着られず大きな服しか着られなかった為、ルーズな着こなしになってしまう、という悩みがありました。

そこで着痩せを鬼研究し続け、レスリングを引退後、身の振り方としてアスリートの為の着痩せファッションブランドの起業を決意し、2015年の10月8日に自らデザインを手掛けるKINGLILY株式会社を設立し2016年の4月販売を開始しました。

SNSインスタグラムなどで、着痩せ情報配信し続けるとファンが付き始め、プチプライスの大手衣料ブランド「ファッションセンターしまむら」と着痩せファッションのコラボも決まりました。

そしてオンラインサロン「着痩せの神殿」を主催しています。

KINGLILYでの自社ブランド展開により、顧客は鍛え上げた肉体を持つアスリートだけではなく、様々な理由でぽっちゃりしていたり、体型が崩れてしまった全ての女性なのだと気づき、体型にコンプレックスがある沢山の人々が笑顔になれると受け止め、自社製品の販売のみならず、着痩せの為の情報発信をInstagramやYou Tubeの動画配信で行っています。

“KINGLILY”というブランド名は、名前の友梨をひねり、ゆりの“LILY”と、試合中は男性的になるので、“QUEEN”より“KING”が似合うという意味がミックスされています。

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小学生から柔道を始める

岡田友梨さんは小学一年生の頃に警察官の父親の影響で柔道を始めました。

柔道が大好きだった為、猛練習を重ねた結果、中学一年で初めて全国大会に出場する程になりました。

最終的には全国で3位になる程でしたが、周りの期待がどんどん大きくなるにつれて、プレッシャーを感じるようになり、その反動からか、丈の短いスカートに髪を染めて中学で柔道を辞めて高校生(滋賀県立八幡工業高等学校)になるとギャルになり毎日友達とカラオケをして遊び回っていたそうです。

高校生でレスリングに転向

しかしギャルとして遊ぶのも一週間で飽きてしまい何も目指すものがなく高校生活を送るのも嫌だ、と思うようになったそうです。

そこで高校に柔道部はありましたが、強豪校でなかった為、入学前から監督に誘われていたレスリングなら同じ格闘技だし、と思い練習に参加するようになったそうです。

しかし女子が少ない工業高校だったこともあり、女子のレスリング部員は岡田友梨さん一人でした。

毎日男子生徒と練習するも、小学一年から中学三年まで9年間の柔道経験があり、実力も全国トップクラスだったこともある為、体力的にも勝り、組み負けもしない為、競技としては面白いなと思いながらも燃えきらないものがあったそうです。

レスリングの名門至学館大学(旧・中京女子大学)へ

ある日、レスリング部の顧問の先生から霊長類最強女子と呼ばれ、オリンピック金メダリストとなる吉田沙保里選手や伊調馨選手を始め世界一の選手を排出した至学館大学(旧・中京女子大学)へ練習に出稽古を提案されました。

レスリング部の顧問の先生は、吉田沙保里選手を育てた栄和人元レスリング全日本女子ヘッドコーチの先輩という縁があり「女子の指導法がわからないので面倒を見てほしい」と相談したからでした!

丁度岡田友梨さんが高校一年生の時に週休二日制が導入されたタイミングでもあり、それから土日は至学館高校(旧・中京女子大学付属高校)へ出稽古し、人生に大きな影響を与えることになる女子レスリング界のレジェンド・2012年ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級の金メダリスト小原日登美(旧姓・坂本)選手と出会いました。

岡田友梨さんが日登美選手に出会った頃は、日登美選手は高校三年生にして全日本女子学生選手権51kg級と全日本選手権で優勝し、翌2000年にはアジア選手権と世界選手権で優勝し、2001年には世界選手権で連覇を達成する全盛期の頃でした。

組み合うと十秒と立っていられないほど強く「この人を倒す最初の人間になれたら、めちゃめちゃかっこいい!」と思うようになり本格的にレスリングの練習に打ち込むようになったそうです。

週末に出稽古に行く度に至学館の選手たちが強くなっているのを実感し、実力差を埋める為、至学館大学(旧・中京女子大学)に進学して、毎日強い相手と練習をしたいと考える様になり、願いが叶い至学館大学に入学しました。


<至学館大学OGでの集まりで吉田沙保里選手を中心に>

岡田友梨さんは猛練習の結果頭角を現すようになりましたが、一方目標である坂本日登美選手は吉田沙保里選手と同じクラスだったことで吉田沙保里選手を破ることが出来ずスランプに陥り、レスリングを離れる事になりました。

やがて坂本日登美選手は妹の坂本真喜子選手のコーチとして就任すると、一緒に練習していた岡田友梨さんも実力がつき、2009年12月22日に開催された全日本選手権の女子51キロ級決勝では、2004年アテネ、2008年北京オリンピック48kg級・銀メダリストの伊調千春選手を2-0で下し全日本選手権で初優勝を果たしました。

そして坂本日登美選手は結婚後、小原日登美として2012年ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級で悲願の金メダルを獲得しました。

岡田友梨さんは、2012年のロンドンオリンピックの最終選考まで残っていましたが、小原日登美選手と同じ階級の為、道を譲る様な形となり、小原日登美選手のスランプからの復活の劇的な生き様を目の当たりにし、引退後の身の振り方を考えるようになったそうです。

女子アスリートのためのファッションブランドの立ち上げ

岡田友梨さんは15歳の頃からお洒落で洋服が好きになったのですが、高校生のときには柔道やレスリングで鍛え上げた筋肉モリモリの体型だった為、着たいと思うかわいい洋服が全然着られなくて、一番太い部分に合わせるとルーズなファッションになってしまい結果的に太って見えてしまうことに長い間悩んでいました。

それは鍛え上げられたウエストのくびれや、ぐっと張り出た肩の筋肉など美しいボディラインが消えてしまう負の部分があるのです。


そこで、どんな素材や形の洋服を選べば痩せて見えるのかを試行錯誤してきた経験と知識を身に着けました。

女子アスリートは皆、同じような悩みを抱えているのではないかと思い「女子アスリートのためのファッションブランド」の立ち上げが閃きました。

思いつきではなく、引退後の将来を見据えての事でした。

所属していたレスリング事業団アイシン・エィ・ダブリュを退社すると服飾の販売のアルバイトをしながらファッションデザインの専門学校に通いました。

結果的に専門学校の方針に違和感を感じ中退する事になりますが、課題に対して三倍くらいのデザイン画を提出していたそうです。

販売員として人気が出る

アルバイトの洋服の販売員としてはお店が売りたい服を売るよりも体型に少々難がある人に徹底的に着痩せする服を提案する営業方法をとっていました。

その結果、3年間でお客さんの信頼を得る事になり、「友梨さんから買いたい」というお客様がどんどん増えて、売上が上がることで上司にも評価されるほどになりました。

そんな中、facebookとブログで自分のつくりたい洋服のデザインをアップし続けるとファッション業界の人たちと繋がりファッション業界の知識を得る様になり、岡田友梨さんのデザインを型に起こしてくれるパタンナーが見つかりました。

その方は、バトミントンとキックボクシングの経験者の元アスリートで、体型の問題で好きな洋服が着られない気持ちが良く分かるから、という理由で参画を決めたそうです。

また本格的に事業を進めていくにあたっては、ご主人も仕事を辞めて本格的に参画する様になったそうです。

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インスタグラムで情報発信

岡田友梨さんはインスタグラムで自分がデザインした着痩せの洋服の情報発信を始めました。

しかし一着の価格が平均15000円とかなり高額になっていた事が問題になりました。

知名度の無いブランドでこの値段は受け入れられません。

そこで、納得してもらえるように
・スタイルがよく見えること
・動きやすいこと
・一枚持っていれば何通りも着回せる
という3つの付加価値を付け、インスタグラムでハッシュタグをつけて、岡田友梨さんがデザインした洋服を着る前と着た後の写真をアップし続けました。

https://www.instagram.com/p/CTVs7H9vMcP/width=400

膨張パターンの服でもこの通り!

すると注目度が上がり「着痩せ出来るコーディネートを教えて欲しい」というDMが届くようになったそうです。

そこで着痩せコーデの仕事を受ける様にもなり、本業の洋服が完成する前に口コミで広がり着痩せコーデの仕事も平行する様になりました。

その間に自分のブランドKINGLILYの洋服も、少々高くてもこのぐらいの値段だったら絶対に欲しい、と思われる程度成功し、実際のビフォー・アフターの写真をインスタで発信し始めたら、体型で悩むお客さんがつくようになり、2018年は売上が1000万円を超え、翌年にはは2000万円台に乗りました。

オンラインサロン「着痩せの神殿・Style For Me」

オンラインサロン「着痩せの神殿・Style For Me」を主宰しており、150名ぐらいのメンバーでKINGLILYの洋服を着てもらうだけではなく、着痩せが出来る着こなしをコーディネートすることもしてもらう為に、岡田友梨さん以外にコーディネートが出来る人を育てているそうです。

【オンラインサロン】Style For Me

販売価格 月額 1,430円 (税込み)

甲斐友梨としてのレスリング戦績

2000年全日本選手権(女子)6位
2001年JOC杯カデット3位
2004年全日本選手権(女子)3位
2004年全日本学生選手権1位
2004年アジア選手権(女子)2位
2004年ジャパンクイーンズカップ(シニア)1位
2005年全日本選手権(女子)3位
2005年全日本学生選手権2位
2005年ジャパンクイーンズカップ(シニア)3位
2006年全日本選手権(女子)2位
2006年全日本学生選手権1位
2006年アジア選手権2位
2006年ジャパンビバレッジクイーンズカップ(シニア)2位
2007年全日本選手権(女子)2位
2007年ジャパンビバレッジクイーンズカップ(シニア)2位
2007年ワールドカップ48kg級4戦全勝(決勝・任雪層/中国)で個人優勝
2008年全日本選手権(女子)2位
2008年全日本社会人選手権1位(初優勝)
2008年全日本女子選手権(シニア)3位
2008年アジア選手権5位
2009年全日本選手権(女子)伊調千春を破り初優勝
2009年世界選手権3位決定戦で洪迪(中国)を破り3位
2009年全日本女子選手権(シニア)2位
2010年ゴールデンGP決勝大会7位
2010年全日本選抜選手権(女子)2位
2010年女子ワールドカップ2勝2敗位
2010年ヤリギン国際大会1位
2010年全日本選手権48kg級 3位
2011年全日本選抜選手権48kg級 3位

2011年8月29日 引退

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